このブログ・スペースの意味

何故こんなブログを?

 2005年は聖ピオ十世会創立者のマルセル・ルフェーブル大司教様の生誕百周年の年でした。私は是非ともその機会を使って、ルフェーブル大司教様のお姿を日本の兄弟姉妹の皆様にお知らせしたいと思っていました。

 何故なら、
(1)言葉の壁が厚くあるためにルフェーブル大司教様についての情報が日本語ではあまりにも少ないから。
(2)ルフェーブル大司教様のことがよく知られていないので、多くの誤解と偏見が横行しているから。
(3)この誤解は、ルフェーブル大司教様が擁護してきたカトリック教会の聖伝の教え、教皇様たちの教えの誤解にも繋がり、ひいてはカトリック教会の教えそのものを誤解することへと関係があるから。
(4)日本ではよく「第二バチカン公会議以前は、教会はこんなに悪かった、第二バチカン公会議後、それが善くなった」とよく批判を聞かされることはあるけれども、それらの批判はほとんどの場合、歪曲され誇張され色眼鏡をつけられて語られており(いわば「第二バチカン公会議以前の教会」にかれこれ二十年近くどっぷり身を置くものとして、私にはそうとしか聞こえない)、誤解の根が深いから。

 そのために、ルフェーブル大司教様が何をしてきたのか、何を考えてきたのか、何を言ってきたのか、行ってきたかの事実を伝えたい、そうすることによってルフェーブル大司教様のみならずカトリック教会の聖伝の信仰と教えとを伝えたいと願ってきました。そのために一番良いことは、ティシエ・ド・マルレ司教様がフランス語で出版したルフェーブル大司教様の伝記をお知らせすることだと思われました。
 何故なら、それによって
(1)ルフェーブル大司教様の生きざまが分かるから。
(2)神学論文などよりも、ずっと取っつきやすいから。
(3)時代背景も重なり、理解に幅が出てくるから。
(4)そして何よりも日本の多くの兄弟姉妹から「ルフェーブル大司教様のことをもっとよく知りたいので教えてほしい」と依頼されていたから。

 それをするとてもよい機会がルフェーブル大司教様生誕百周年だったわけです。かなり前から準備していったつもりですが、しかし結局、この「事業」は、私の仕事が遅いために間に合いませんでした。少しずつでもできたところだけでも兄弟姉妹の皆様にご紹介しようと思っていたのですが、それさえもすることができませんでした。

 そこでアドバイスを戴き、今度はブログのスペースを借りて少しずつ皆さんにお知らせすることにしました。
 何故なら、
(1)メルマガで送信すると、文字化けしてしまうことがよくあるが、ブログの形式ならばそれが防げるから。
(2)ブログの形式にすると、メルマガを送信したり掲示版に書き込みをしたりする感覚で掲載できるので、文章を書くだけで、レイアウトなどに余分な時間がたくさんとられないと思われるから。
(3)時間が経っても過去にやったものなどが既にここに保存されており、将来の整理のためにも、コンピューターの具合でデータが消失してしまった時のためにも、やりやすくなる道具となると思われるから。とくにこれは長期計画の事業なので有益であると思われるから。
(4)この形式だと、少しでも良いから毎日、作業を進めようと言う励みになると思われるから。
等々(これ以上も理由を指摘しようと思えばできますが)の理由のためです。


 というわけで、これからルフェーブル大司教様の伝記を兄弟姉妹の皆様に少しずつではありますが、ご紹介していきたいと思います。ご愛顧をよろしくお願いします。

 ルフェーブル大司教様の生涯を兄弟姉妹の皆様にお知らせするこのブログを、
謹んで聖母の汚れ無き御心にお捧げいたします。


天主様の祝福がこれをご覧になって下さる兄弟姉妹の皆様に豊かにありますように!

雪がしんしんと降る東京にて
2006年の聖アグネスの祝日に



聖アグネス、我らのために祈り給え!
聖母の汚れ無き御心よ、我らのために祈り給え!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


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